宿毛の偉人 林有造・林譲二
宿毛歴史館のとなりにある「宿毛まちのえき林邸」は、宿毛の発展につくした政治家で実業家の林有造と、息子・譲二の邸宅です。(以下、敬称略)
林家は、有造と譲二、孫の迶と、日本で初めて3代つづけて大臣を輩出した名家。とくに林有造は、板垣退助らとともに自由民権運動を興した中心的人物で、林邸は多くの政治家らが集う自由民権運動の拠点でした。
有造は明治政府で初代高知県令、衆議院議員、通信大臣、農商務大臣などを歴任し、明治42年に政界を引退して宿毛に帰郷(67歳)。当時、人の住んでいなかった“片島”に...
宿毛歴史館のとなりにある「宿毛まちのえき林邸」は、宿毛の発展につくした政治家で実業家の林有造と、息子・譲二の邸宅です。(以下、敬称略)
林家は、有造と譲二、孫の迶と、日本で初めて3代つづけて大臣を輩出した名家。とくに林有造は、板垣退助らとともに自由民権運動を興した中心的人物で、林邸は多くの政治家らが集う自由民権運動の拠点でした。
有造は明治政府で初代高知県令、衆議院議員、通信大臣、農商務大臣などを歴任し、明治42年に政界を引退して宿毛に帰郷(67歳)。当時、人の住んでいなかった“片島”に...